中小企業診断士試験に落ちて、FP資格勉強はじめてみました

保有資格は「学士」だけ

恥の多い生涯で、資格の少ない生涯でした。

いまではあまり機会もありませんが、履歴書のようなのものを書くときに、少し困るのが「資格・特技」の欄でした。

ずっと、資格の類とは無縁で生きてきたからです。唯一保持する公的資格は、大学を卒業すれば漏れなく付いてくる「学士」のみ。自動車の運転免許すら取得していませんから、履歴書の「資格・特技」の欄には書くことが何もなくて、真っ白です(学士については「学歴」の欄に書いてしまっているのでこちらには書けません)。見栄えが悪いことこの上ありません。

そんな自分が、少し前に「中小企業診断士」という資格を取ろうと思い立ちました。“日本版MBA”などと呼ばれることもある、中小企業を対象としたコンサルタントの国家資格です。ただし、他の士業のような法的に規定された独占業務がないため、「え、それって『資格』じゃなくて『検定』じゃん」と言われることもあるとかないとか……。このあたりの「資格業界」のウラ側も、いろいろあって調べると面白そうですが、それは本稿のテーマではありません。

昭和の青春ですから

中小企業診断士資格の取得を目指したのは、当時勤めていた会社の業務に活かせるという理由もありましたが、個人的にいわゆる“箔”をつけてやろうという動機も大いにありました。そこで、自腹を切って資格学校に通って真面目に勉強したのですが、1次試験は合格したものの、2次試験で不合格。箔をつけるどころか、逆にぽろぽろ剥がれ落ちるという残念な結果に終わったのが、去年のことです。

しかし、合格はできなかったものの、中小企業診断士の勉強をしたこと自体は、非常に有意義だったと感じました(決して負け惜しみではありません)。新しい知識をたくさん学べましたし、今まであやふやに知っていると思っていたことにも、しっかり理論の裏打ちができたからです。資格試験ですから、当然合格が目的なのですが、そこに至るプロセスも無意味ではない、結果がすべてではないと思ったのです(決して心理的合理化ではありません)。

そう思うと、なにか目標を持って勉強しないことが、なんだかとてももったいない、無駄な時間の過ごし方のように思えてきます。仕事がすごく忙しければそんなことを言っていられませんが、実際のところ、現時点ではヒマです。ヒマならなにかしなくちゃとどうしても考えてしまうのが、昭和に青春を過ごした人間の悲しい習性のようです。

より業務に密接に関連したFP資格

そこで、いまの自分のライティング業務により密接に関連している資格として「FP(ファイナンシャル・プランナー)」を目指そうと思いました。私は投資や資産運用など、マネー系の記事を書くことも多いので、FP資格の勉強は、執筆の仕事にも役立つはずです。

FP資格は、日本FP協会が認定する「認定AFP、認定CFP」(認定CFPが上級資格)と、国が主催する国家検定の3級、2級、1級の「FP技能検定」があります。両者の関係がちょっとややこしいのですが、AFPになるためには、2級FP技能士に合格していることが必要であり、さらに、AFP認定研修を受けて合格しなければなりません。

一方FP技能検知2級を受験するためには、3級の合格か、あるいはAFP認定研修の修了のいずれかの条件が必要です。AFP認定研修とFP技能検定2級の関係が、ややこしいのです。

もし専業FPとしての開業を目指すなら、上級資格であるCFP・1級FPの取得が必須のようです。私の場合は、目的はライターとしての自己啓発でありFPとして開業をしたいわけではありませんが、どうせならCFP・1級FPを取ったほうが箔がつきそうです。

「じゃ、とりあえず1級を受けて、CFPになっちゃおうかなー」と軽く考えていたのですが、調べてみると、1級を受けるには2級を取得した上に、実務経験が必要であり、CFPの試験を受けるためには、AFP認定を受けていなければならないことがわかりました。簿記検定などとは異なり積み上げ式になっているわけです。

それならばと、さっそく某通信教育機関のAFP・2級FP講座に申し込んで、9月の試験での合格を目指すことにしました。

二兎を追うもの…

ちなみに、中小企業診断士試験は、1次試験に合格していると、2次試験を2回(2年)受けるチャンスが与えられます。つまり、私の場合、今年は1次試験をパスして2次試験を受けることができるのです。当然そちらも受けるつもりですが、その試験は10月で、2つの試験がかなり近くなってしまいました。

FP試験のほうは年3回(5月、9月、1月)実施されるので、診断士の2次試験と重ならない時期に受ければいいのかもしれませんが、こういうものはノリが大切。気分が盛り上がったときが受け時です。うまいこと両方合格できるか、二兎を追うもの一兎も得ずとなるかはわかりませんが、どちらにしても勉強したことは自分にとって無駄にはならないはず。大切なのは、知識を得るプロセスなのですから(決して予防線ではありません)。

あたらしいテキストを見ると、わくわくします。